【展示レポート】細尾・東京大学・ZOZOテクノロジーズ共同研究成果展示“Ambient Weaving ── 環境と織物”
細尾・東京大学大学院情報学環 筧研究室・ZOZOテクノロジーズの共同研究による成果展示“Ambient Weaving ── 環境と織物”が、4月17日(土)より京都のHOSOO GALLERYにて開催となりました。
本展では、唯一無二の意匠を誇る日本伝統工芸品である西陣織と、先端テクノロジーを掛け合わせた、これまでに類を見ないユニークなテキスタイル作品を5点展示しています。
この記事では昨年2月より開始された本共同研究が目指したもの、そして本展の展示作品についてたっぷりとご紹介します。
共同研究開始リリースと成果展示リリースをご覧になって「環境情報を織り込んだ織物って何…?」と不思議に感じた方も、この記事を通して本研究に関して少しでも理解を深めてもらえると幸いです。
3者で共同研究に取り組んだ理由については、株式会社 細尾 代表取締役社長 細尾 真孝氏、東京大学大学院情報学環准教授 筧 康明氏、弊社代表取締役CINO 金山 裕樹が「Fashion Tech News」のムービーにて語っています。こちらもあわせてご覧ください。
【織物とはメディアである】今回の共同研究の着想とは?
本共同研究の原点は「織物とは、人と環境の間に介在するメディアである」という議論にあります。人と織物の歴史は古く、約2,000年前から最も近く、まさに身近にあるものとして共に歴史を重ねてきました。
歴史を辿る際に、織物から当時の環境を推察されることも多々あるように、その時代に生きる人々の生活や環境は織物に反映され、そして記録として残っています。このように、織物は人間が歩んできた歴史や環境を残し、伝えるメディアでもあるのです。
長い歴史の中で、人々は様々な形で織物に適した加工を織物に施し、纏うことで、その暮らしを愛しんできました。例えば、草木染めなど自然にあるものから織物に色をうつす「染色」、日光のもとで織物を晒すことにより白さを表現する「晒」など、その技法は多岐に渡ります。
今回の共同研究では、テクノロジーの力を駆使した革新的な方法で、素材や色彩といった根源的な要素に加えて、温度や光、水の流れなどの「今ここにある環境」すなわち環境情報を様々な時間軸で表現するスマートテキスタイルの開発に取り組みました。
細尾からは意匠が凝らされた西陣織を、東京大学 筧研究室からはインタラクティブメディア・メディアアートの観点と先端テクノロジーを、そしてZOZOテクノロジーズからはファッション文脈とデバイス開発のナレッジと3者の強みを掛け合わせることで、伝統技法と先端テクノロジーを掛け合わせた、これまでにない美しさと機能性を併せ持ったスマートテキスタイルの実現に成功しました。本展はその研究成果展示となります。
【本当は会場で体感してほしい】展示作品をご紹介
ここからは展示作品と会場の仕掛けについてご紹介します。
“Ambient Weaving ── 環境と織物”というタイトルの通り、展示会場では様々な場所にて温度、湿度、紫外線光量、輝度、CO2濃度をセンシングする装置が設定されています。これらのセンサーによって取得されたデータは、それぞれの織物を取り巻く環境情報として3DCGによって可視化されています。
例えば、温度や紫外線量に反応して色が変化する糸のスクリーンもセンサーの一つとして展示空間に配置されています。
こちらのスクリーンは温度によって色が変化する糸によって構成されており、22度以下になるとピンク色に、22度以上だと白色に変化します。室内の空調や訪問客の人数などの環境要因によって、色彩が変化します。
そして、ここからは本展の展示作品となる5つをご紹介します。全ての展示作品に細尾のコレクションとなる西陣織を使用しており、一つ一つの作品に繊細なデザインが施されています。
1,Wave of Warmth
温度変化を色によって可視化している作品。箔の表面温度が25度以上になると青色に発色し、温度が下がると黒色へと戻っていきます。周囲の温度変化にあわせて波打つようにゆっくりと色彩が変化していく様子は美しく、まるで生き物のよう。全長約7mの巨大な作品となっており、実物は圧倒的な存在感があります。
特定の温度に達すると変色するように調合された色素を紙に定着させ、西陣織でよく用いられる「箔」と同じ要領で裁断して、繊維として織り込むことで、このような色彩変化が可能となっています。この作品を通して、現代特有の室温が管理された屋内における温度環境の変化へと人々の意識を開く、というメッセージが込められています。
2,Memories of Flow
紫外線を当てると硬化するUV硬化剤をチューブに封止し、チューブごと緯糸として織り込んだ作品。紫外線に当たる前は柔軟性のある織物ですが、紫外線に晒すと数秒で硬化し、形が定着します。この作品では、織物を水が滞留している水槽に入れ、水圧と織物の反力により変形しているところに紫外線を当て硬化させることで、水の流れを織物に写し取っています。
カメラで写真を撮ることと同じように織物によって水の流れをキャプチャし、その瞬間にある環境情報を切り取るという、風や水といった自然なものを形状記憶するメディアとしての役割を織物が担った作品です。
3,Drifting Colors
可逆的な染色変化を可能にした作品。織物の片端を色水に浸すことで、まるで植物のように織物が色水を吸い上げ、じっくりと時間をかけて染色を行っている様が展示されています。
本来、染色とは糸に染料を吸収させ、定着させることを指しますが、この作品では液体を吸い込む糸の表面を疎水的にコーティングした特殊なチューブを織り込むことで、それぞれの染料の電荷・質量・疎水性の差により異なる時間で糸の中を染料が移動します。湿度や水分量を適正に保つことで、この分離と移動が起こり、染料が糸へ浸透した後も動的に色が変化し続けます。
4.5,Woven Clouds / Woven Glow
「Woven Clouds」(写真上)は、PDLC(高分子分散型液晶)フィルムを薄膜化して箔状に裁断し、緯糸として織り込んだ作品。不透明な白色をした織物が、電圧をかけると液晶分子が電界方向に揃って配列した状態となり光を透過させ、光の透過・不透過を制御できます。
「Woven Glow」(写真下)は、電圧をかけると有機物が発光する有機EL材料を薄く柔軟性のある発光素材として箔化し、緯糸として織り込む事により生地自体が発光します。
この2作品は、透過と反射という二つの切り口から光と織物の関係性を表現しています。「Woven Clouds」はすでに存在する光への干渉を変えることで霞のような表現を織物上に表現し、一方で「Woven Glow」は素材そのものが自発的に発光、そして消失する表現を可能にしました。これら2つは月と太陽のような関係性を持っています。
【制作者インタビュー】展示作品完成までの道のり、今後の展望
今回の共同研究に携わったZOZOテクノロジーズの田島、中丸、藤嶋(写真右から)に、作品を作る過程で大変だったことや今後の展望について聞いてみました。
– ユニークかつ革新的な5作品が生まれましたが、この中で最も制作が大変だったのはどの作品でしょうか?
田島:いろいろな意味で一番大変だったのは「Woven Clouds」ですね。というのも、「Woven Clouds」にはPDLCという液晶フィルムを箔状(細長い紐のような形)に裁断して織り込んでいるのですが、この作品には約1,000本のPDLC箔を使用しているんですよ。
中丸:PDLCフィルムを箔状に裁断すると一口に言っても、電圧装置と同期してワークさせるには様々な条件があるので、そこをクリアするのが難しかったですね。
「Wave of Warmth」は箔の素材の両面に特殊な色素を定着させているのですが、その工程で両面の色差が発生するのが大変でした。僕らの目から見ると、全く問題ない綺麗な染まり具合なんですが、細尾の職人さんに見てもらうと「これだと色斑が発生している」といった指摘が入るなど、美しさを追い求めるからこその課題が発生するなどの課題がありました。
半分ファッション、半分エレクトロニクスというか、普通のテキスタイルでは発生しない独特な課題感が面白かったですね。
田島:作業的な面で言うと「Memories of Flow」の繊維に織り込むチューブに、手作業で紫外線硬化剤を入れ込んでいく作業は果てしなかったです。1本1本のチューブに紫外線硬化剤を注射器で入れていくんですが、チューブの本数が多いのでかなり時間がかかりました。
藤嶋:実は紫外線を当てる作業には私も加わりました。水槽に織物を入れて、即座に紫外線を当てて硬化させるんですが、360度いろんな方向から紫外線を当てる必要があるんです。UVライトを抱えながら、織物の様子を確認しつつ、水槽の周りをぐるぐる回ったりしていました。
田島:織機や織る工程を変えずに、チューブを糸としてそのまま織り込むというのは、これまでにあまりない事例だと思います。こうした新たな挑戦によって、他にない表現が可能になったことはとても嬉しいですね。
- 聞いているだけでも気が遠くなりそうな作業を乗り越え、今回のプロトタイプ作品の完成に漕ぎ着けました。今後の展開として考えていることはありますか?
田島:将来的な可能性としては、デザイナーやクリエイターといったものづくりをしている方々に見てもらうことで、クリエイションに繋げてもらえればと思っています。ファッションの楽しさを増やす、広げるという観点で今回の研究に至ったので、このプロトタイプ作品を通じてファッション業界を盛り上げていけると理想的ですね。
日本には優れた素材や技術が存在しているのに、デザイン性を併せ持ったスマートテキスタイルプロダクトは、まだ少ないと思っています。機能を追い求める機能性テキスタイルも重要なんですが、我々としては、美しさ、意匠性を更に高めながら、その中に新たな機能を付与していく、そういった取り組みを加速させたいと思っています。ファッションは個人の好みであり、自己表現するもの。だからこそ、機能性だけでなくデザイン性を追い求めることで、新たなスマートテキスタイルの可能性を追求したいと考えています。
– 具体的にはどのような活用方法が考えられそうでしょうか?
田島:アイデアベースではありますが、かばんなどのファッションアイテムにはもちろん、壁紙やソファといった家具にも展開が可能かと思います。自分の気分や周りの環境に合わせて意匠を変えられる、見え方が1つではないというのは魅力的なのではないでしょうか。とはいえ、まだアイデア段階なのでこれから可能性を探っていきたいと思っています。
– 最後に、展示の見所や伝えたいメッセージがあれば教えてください。
田島:織物の意匠性、美しさは西陣織ならではの表現なので、作品そのものも観て頂きたいですが、作品の存在意義を表現するために、全体の空間設計やコンセプトから設計しているのが展示として特徴的だと思います。瞬間的に意匠を変えている「Woven Clouds」や「Woven Glow」から、形を保った「Memories of Flow」まで、作品それぞれが表現している時間軸の違いを感じてもらいたいと思います。
また、先端技術と伝統工芸の掛け合わせではあるものの、古来からの伝統を重んじながら、その伝統を活かして技術を組み込んでいる、展示の背景に込めた我々の想いまで感じてもらえれば嬉しいです。
【最後に】展示のご案内
“Ambient Weaving ── 環境と織物”は京都HOSOO GALLERYにて4月17日(土)〜7月18日(日)まで開催中です。昨今の状況下により、手放しに「ぜひお越しください!」とお伝えできないことが残念でならないのですが、状況が落ち着いた際には会場で作品を体感していただけると幸いです。
■展示詳細
会期:2021年4月17日(土)‒ 2021年7月18日(日)
会場:HOSOO GALLERY 京都市中京区柿本町412
電話:075-221-8888
時間:10:30 - 18:00 ※祝日を除く、入場は閉館の15分前まで
入場料:無料
※会場では換気、消毒等の感染症対策を行なっております。お越しいただく際にはマスクご着用の上、体調が思わしくない場合には来場をご遠慮いただきますようお願い申し上げます。
【公式サイト】
https://ambientweaving.lab.zozo.jp/
【お問い合わせ】
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